となりの移住者さん

都心のITエンジニアが地方で挑戦:地域おこし協力隊として徳島県美波町で描く新たなキャリア

Tags: 移住, 地域おこし協力隊, 徳島県美波町, IT, キャリアチェンジ, 地域活性化

都会のITエンジニアから、地域メディアの担い手へ

変化の激しい時代を生きる私たちにとって、働き方や生き方の選択肢はますます多様になっています。特に若い世代にとって、都会でのキャリアだけがすべてではないという認識は広がりつつあるでしょう。今回ご紹介するのは、まさにそうした新たな一歩を踏み出した移住者、田中健太さんの物語です。

田中さんは都心のIT企業でエンジニアとして活躍されていましたが、現在は徳島県美波町で地域おこし協力隊として活動し、地域の情報発信を担うローカルメディアの立ち上げに奮闘されています。彼の挑戦は、私たちに「自分のスキルを地域でどう活かすか」「都会とは異なる環境で、いかに充実した日々を送るか」といった問いへのヒントを与えてくれるはずです。

刺激と疑問の都市生活、そして地域へのまなざし

田中さんが美波町への移住を決意する前は、都心のIT企業でシステム開発に携わる日々を送っていました。最新の技術に触れ、刺激的な毎日ではあったものの、どこか漠然とした閉塞感を感じていたといいます。仕事は順調で、生活に不自由はありませんでしたが、日々の業務が社会全体にどう貢献しているのか、直接的な手応えを感じにくいことに物足りなさを覚えていたそうです。

そんな中、彼が惹かれたのは「地域活性化」というキーワードでした。自身のITスキルを、もっと目に見える形で人や地域のために使いたい。そう考えるようになった田中さんは、地方での働き方について情報収集を始め、その中で「地域おこし協力隊」という制度を知ります。地域と行政が連携し、意欲ある都市住民を誘致して地域の課題解決にあたるこの制度は、田中さんにとってまさに求めていた「地域への関わり方」でした。

数ある地域の中から美波町を選んだのは、偶然の出会いと直感だったと田中さんは語ります。温暖な気候、豊かな自然、そしてIT企業がサテライトオフィスを構えるなど、先進的な取り組みが行われている点に魅力を感じました。地域の人々との交流を深める中で、この場所ならば自分のスキルを最大限に活かし、地域と共に成長できると確信したそうです。

自然の中で育む、地域との新しい関係

美波町での田中さんの暮らしは、都心でのそれとは大きく異なります。朝は鳥の声で目覚め、通勤は自転車で数分。オフィスは海や山が近く、仕事の合間に自然の移ろいを感じられる恵まれた環境です。都心での満員電車や時間に追われるストレスからは解放され、心穏やかな日々を送ることができています。もちろん、地方ならではの不便さや人間関係の密接さに戸惑うこともありましたが、地域の人々の温かさや助け合いの精神に触れ、そうした困難も乗り越える力に変えられています。

地域おこし協力隊としての主な活動は、美波町の魅力を発信するローカルメディアの立ち上げと運営です。企画立案から取材、記事執筆、写真撮影、そしてWebサイトの構築やSNS運用まで、多岐にわたる業務を一人で担当されています。地域のイベントに参加し、そこで出会った人々の物語に耳を傾け、彼らの活動を世の中に伝えていく。地域に眠る魅力を掘り起こし、発信する喜びは、都心での仕事では得られなかった大きなやりがいだと田中さんは話されます。

当初は取材のアポイントメントが取りにくい、地域の情報がなかなか集まらないといった壁に直面することもありました。しかし、積極的に地域の集まりに参加し、時には自ら農作業やイベントの手伝いを申し出るなど、泥臭い努力を重ねることで、少しずつ地域の人々との信頼関係を築いていきました。今では、「田中さんになら話してもいい」と、地域の生の声が集まるようになりました。ITスキルを活かしつつも、最終的には「人とのつながり」が活動の核になっていると彼は語ります。

変化した価値観:地域と共にある人生の豊かさ

美波町での生活と活動を通じて、田中さんの価値観は大きく変化しました。以前は成果や効率を重視するあまり、常に時間に追われる感覚がありました。しかし今は、目の前の人とのつながりや、地域全体が少しずつ良くなっていく手応えに、より大きな喜びを感じています。地域の課題解決に直接貢献できること、そして自分のスキルが「誰かの役に立っている」という実感が、何よりも大きなモチベーションになっているそうです。

また、仕事とプライベートの境界線も曖昧になり、暮らしそのものが仕事であり、仕事が暮らしの一部であるという感覚が強まりました。地域の活動を通して多くの友人や仲間ができ、休日は一緒に地域のお祭りや清掃活動に参加するなど、公私ともに充実した日々を送っています。ITエンジニアとしての専門知識が、都市での消費を促すツールから、地域社会を豊かにするツールへと、その役割を変えていったのです。

未来への展望と、一歩を踏み出す方々へのメッセージ

今後の目標について田中さんは、立ち上げたローカルメディアを美波町内外の人々が交流するハブに育てていきたいと意欲を語ります。地域の人々が「自分たちの町ってこんなに面白いんだ」と再発見するきっかけとなり、また町外の若者たちが美波町に興味を持ち、訪れる、あるいは移住するきっかけとなるようなメディアを目指したいと考えているそうです。地域おこし協力隊の任期終了後も、美波町に残り、何らかの形で地域と関わり続けたいと、未来へのビジョンも明確です。

「将来への漠然とした不安を抱えている方もいらっしゃるかもしれません。私もかつてはそうでした」と田中さんは穏やかな口調で語りかけます。「都会でのキャリアだけが全てではありません。もし、少しでも地方での暮らしや地域での働き方に興味があるなら、まずは一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。自分のスキルや経験が、意外な場所で、想像以上に大きな価値を生み出すかもしれません。地域には、あなたの力を必要としている場所がきっとあります。」

まとめ

田中健太さんのストーリーは、都会で培った専門的なスキルが、地方という新たなフィールドで、いかに豊かな実を結ぶかを示しています。彼のように、自分の知識や経験を地域のために活かす生き方は、多くの若者にとって、これからのキャリアやライフスタイルを考える上で、新たな選択肢となるのではないでしょうか。「となりの移住者さん」では、これからも多様な移住者のストーリーをお届けしてまいります。